2002年"MAX誕生"


2002年2月11日
K-1 WORLD MAX 日本代表決定トーナメント
魔裟斗 小比類巻
大会前から魔裟斗は視聴者向けにビックマウス連発。
魔裟斗と小比類巻貴之のライバル対決に注目が集まっていた。

魔裟斗は、一回戦は村浜武洋、二回戦は後藤龍治をともにKOで倒し決勝へ。
一方の小比類巻は、一回戦に須藤元気にまさかのダウンを喫すがKOで下し、二回戦は大野崇に判定勝ちし決勝へ。
迎えた決勝戦、過去に一度だけ対戦したことがある両者。(その時はコヒが魔裟斗をヒザ蹴りでKOしている)
MAXを引っ張るために負けられない魔裟斗。
コヒが決勝に上がってくるまでのダメージもあり、有効打、手数ともに上回った魔裟斗が判定勝利で優勝。

マイクでは5月の世界大会への熱意をアピールした。
(一方コヒは石井館長に促されたマイクアピールで「俺は‥も一回やって‥ぶっ殺します!!」と言った)



3月15日
K-1 WORLD MAX USA大会
アメリカでMAXのUSA代表を決める大会が行われて、
ドゥエイン・ラドウィックが、一回戦にメルビン・マーリーにTKO勝ち、
決勝戦でオーレ・ローセンに判定勝ちで優勝。
5月のMAX世界大会のUSA代表になる。



5月11日
K-1 WORLD MAX 世界一決定トーナメント
魔裟斗 小比類巻 クラウス
MAXが始まって最初の世界大会。視聴者の注目はもちろん魔裟斗が優勝するかどうか。

魔裟斗は、一回戦にドゥエイン・ラドウィックにダウンを奪い完勝で準決勝へ。
準決勝の相手はアルバート・クラウス。
魔裟斗は1Rにダウンを奪われ劣勢に。それでも攻め続けたが判定負け。魔裟斗の目標はここで潰えた。

反対ブロックの小比類巻は、一回戦にマリノ・デフローリンにヒザ蹴りでKO勝利。
過去に一度負けている相手にリベンジを達成。
準決勝の相手はムエタイのガオラン・カウイチット。
序盤は互角だったが、徐々にガオランのペースになり、コヒは2Rにヒザ蹴りでKO負け。
試合中にボディをかばうために背中を向けるシーンが多々あり、これ以後もコヒの悪い癖として残っている。
この時点で日本人の優勝はなくなる。

決勝戦は、オランダのクラウスとタイのガオラン。
格闘技中量級の二大格闘王国の実力者の激突。
結果はクラウスが1R1分でKO勝ち。MAX初代世界王者の座につく。

アルバート・クラウスvsガオラン・カウイチット試合動画

この大会のエンディングで魔裟斗は悔し涙を流す。
(後日のインタビューで「試合で泣くのは初めて」と話す)



10月1日
K-1 WORLD MAX ブラジル予選
2003年のMAX南米代表を決める大会が行われ、
マルフィオ・カノレッティが、一回戦にフォンテナル・シウバをKOで下し、
決勝でゼリー・フェレイラに判定勝ちし優勝。
カノレッティは南米代表に。



10月11日
K-1 WORLD MAX 世界王者対抗戦
魔裟斗 クラウス
× 小次郎 vs マリノ・デフローリン ○(判定)
○ 大野崇 vs 王三偵 ×(判定)
○ 村浜武洋 vs メルチョー・メノー ×(判定)
○ 須藤元気 vs 金珍優 ×(KO)
× 小比類巻貴之 vs ピーター・クルック ○(KO)
○ 前田憲作 vs ミロスラフ・サフラ ×(判定)
△ 魔裟斗 vs アルバート・クラウス △

小比類巻が4Rにクルックからハイキックでダウンを奪うが、まさかの5R逆転KO負け。
この試合は、1Rにコヒの悪い癖である倒れている相手への追撃で注意を受け、
ダウンを奪って迎えた5Rに挑発をした直後にKO負けと要所要所で悪い部分があった。

魔裟斗はMAX初代王者クラウスに挑むが、5Rまで判定で優劣つかずドロー。
世界の頂が見えた試合であり、来年に期待ができた。



11月26日
K-1 WORLD MAX オセアニア予選
ザンビディス JWP
オセアニアで2003年のMAX世界大会出場権をかけた大会が行われ、
マイク・ザンビディスが、一回戦にビリー・マムーを、二回戦にジェンク・ベヒックをともにKOで下し決勝へ。
決勝では実力者のジョン・ウェイン・パーに判定勝利。
2003年の世界大会出場権を得た。


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